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福井大学M34同窓会に出席 52年ぶりの再会2

卒業以来52年ぶりに大きく変わった福井大学を訪問参観した。
福井大学見学
福井大学前(西福井)芦原電鉄駅を出るとすぐに信号と福井大学正門がある。
奥に背の高い総合研究棟1が見える
福井大学見学
同窓会館(福井大学工業会)・アカデミーホールに入る
福井大学見学
ロビーに貼り出された福井大学50年の沿革
1958(S53)年:学長に長谷川万吉就任、59年:福井大整備促進期成同盟会結成、工学部付属繊維工業研究施設設置などの記述が見える。
私達の卒業後、工学部に続々と「応用物理学科」「工業化学科」「大学院工業研究科・6修士課程」「産業機械工学科」「付属図書館」「電子工学科」「情報工学科」「ファイバー・アメニティ工学専攻」「知能システム工学専攻」「環境設計工学科」「材料科学科」「生物化学工学科」「原子力エネルギー安全工学専攻」「付属国際原子力工学研究所設置」「大学院工学研究科・博士後期課程」「物理工学専攻」「システム設計工学専攻」「機器分析センター設置」「遠赤外領域開発研究センター設置」など目覚しい発展と充実をしていった工学部の姿が読み取れた
福井大学見学
文京キャンパス(教育地域科学部・工学部)と松岡キャンパス(医学部)の地図が年表の横に貼られていた
福井大学見学
用意された会議室に集まる
福井大学見学
同窓開館の管理者の先生から「福井大学紹介」などの資料をもらい、福井大学工業会誌の会合記に載せられる記念写真を撮ってもらった(畔柳幹事から送られてきた報告者は、ここをクリック)
福井大学見学
緑の多いキャンパスの中に立つ方向指示ガイド、広い道路沿いに車が駐車している
福井大学見学
通学自転車がずらりと並ぶ工学系1号館・4号館の建物前
福井大学工学部機械工学科校舎前にてm34同窓会
ご案内いただく福井大学大学院工学研究科機械工学専攻・教授:岩井善郎先生(右から5人目)のお出迎えを受け、工学部2号館 工学部機械工学科、大学院工学研究科・機械工学専攻 前にて豊嶋先生(左から4人目)もご一緒に集合写真を撮る。(泉谷君からの写真)
福井大学見学
工学部2号館入り口の展示 高容量FR6速オートマチック・トランスミッション
福井大学見学
上階に上がり、プロジェクト室の並ぶ廊下を歩く
福井大学見学
ガイダンスを受けに映写室に入る
福井大学見学
資料や「福井大学工学部・工学研究科の現状」のスライドを見ながら、教授:岩井善郎先生のお話を伺う。
詳しくはスライドを私の記憶のためにラッシュ・カンニングしたのでご覧ください
福井大学見学
工学部研究科の構内を案内していただく。研究中の学生たち
福井大学見学
研究実験中の学生達
福井大学見学
次々と研究プロジェクトを案内していただく
福井大学見学
教授:岩井善郎先生から説明と研究発表のパンフレットをいただいた「トライボロジー教育の実例」に関連した摩擦、磨耗の研究か?

福井大学卒業後、家業の町工場に呼び戻される前の4年間、富山の不二越鋼材工業技術研究所に配属された。ハイス、超硬、セラミック(当時発売開始)の工具磨耗、切削油(界面活性剤)効果など研究室での成果を不二越技報に投稿したり、先輩達と精密機械学会の開催発表に合わせて準備したり、トライボロジーの冊子にも取り上げれれている「ベアリング」の製造工場なので、外輪・内輪・ボールの勘合精度で等級が決まるベアリング加工の品質管理など学んだことを思い出した。

福井大学見学
教授:岩井善郎先生を囲み説明に熱心に耳を傾ける同窓生
福井大学見学
やや旧式の工作機械が残る実習棟
福井大学見学
最新式の工作機械に取り組み中を参観
福井大学見学
昼食で学生が詰めかけ一杯になる前に「学生食堂」に案内していただく
福井大学見学
先輩同窓生を迎えた大学研究生のご好意に甘え、混雑する中を一足早くテーブルを確保していただいており、一同揃って昼食をいただく
福井大学見学
福井大学生活協同組合UNIV.CO-OP カフェテリア味菜
巣ごもり玉子:90円、カレーライスS:200円、カツカレー・トッピング:140円、ミニサラダ:60円 合計4点:490円

<私の学食の思い出>
京都府出身の学生は福井県の隣府県なので、大学寮に入れてもらえず、福井市内の下宿先をリヤカーに布団を積んで何度も移転した。学生食堂は安く私にとっては欠け替えのない施設だった。紙のように薄く切った肉(こんなに薄くよく切った物だといつも感心)にパン粉で大きく厚く衣をつけた「トンカツ」、今日食べたカツカレーのトッピングとは比較にならない。足や尾ひれまで切った「白いかの刺身」も大好物だった。
福井大地震の後ではあるが昭和30年代初は、まだまだ食の貧しい時代で、厚みのある弁当箱にご飯だけをギュウギュウ詰めにした学生が、オカズも買わずに学食のソースを弁当の上にかけて美味しそうに食べる光景も見られた。


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福井大学M34同窓会に出席 52年ぶりの再会1

福井大学工学部機械工学科M34の同窓会に、5月16日(月)~17日(火)の2日間参加して、級友達と52年ぶりの再会をしてきた。
まず経過年の確認。私の生年:昭和11年(1936)、卒業M34(1959)=(7+小6+中3+高3+大4)=23歳、現在(2011)=(74歳+α)、経過年:(2011-1959=52年)

実は2年前に下呂温泉飛泉荘にて50年ぶりのM34同窓会のお誘いがあり、行く予定が健康上の問題や所用が重なり参加を断念したことがあり、今回は再度のお誘いであった。

早くから幹事代表の畔柳君に連絡をとり、私が脊柱管狭窄症で正座、胡坐できないこと。足を伸ばして座れるが何かに掴まり立ちしないと立ち上がれないこと。前立腺で夜トイレに何回も行くこと。など健康上の問題を書き送ったところ、すぐに返信があり自分も同じ健康問題を持っていて、懇親会には座椅子を用意するからと云う連絡をもらった。

丁度、手元にあった福井県勝山のスキー場の写真を同封して返信ハガキを送り、スキーは立っていれば滑れるので、今シーズンはもう9日間も白山奥越スキーツァなど参加したので元気に過ごしていると伝えた。

そうする内に畔柳君から怪我をしたので延期するの連絡があり、さらに今冬は寒気が激しく北陸方面(芦原温泉)も大雪で不通でどっち道、開催できなかったの連絡。次に東日本大地震の災害が起き、行事の自粛ムードが漂い、さらに関西の鉄道も列車運行に使われる重要な電導ブラシが被災で調達不能で、山陰線の運行も60%カットになった。(後に部品調達が別途可能になり解除)

いよいよ開催日程の細部が決まり、畔柳君から「サンダーバード23号で芦原温泉15:46着」にて、青雲閣から送迎するとの連絡をいただいた。合わせて綾部から京都まで「きのさき14号」の提示をいただいたが、以前に福井、富山の盆・正月休暇で愛用した「小浜線」も懐かしいので調べてみた。

日本海の若狭沿岸を敦賀まで走る「JR小浜線」は、快速列車もなく東舞鶴での連絡も良くなく、地元の乗客に便利な全くのローカル線に変わった様子なので諦めた。また「きのさき14号」は、京都駅14:10まで5分間しか接続時間がなく、長いプラットフォームを歩き連絡橋を上り下りするには大変だと思い、もう一列車早い「きのさき12号」で行くこととした。

福井大学機械工学科参観の後、懐かしい学生食堂で昼食後に解散とのこと。帰りの列車の時間を3案調べて、幹事のご都合もあると思うのでどれが良いのかと畔柳君に問い合わせた。JRで来られる泉谷君に連絡をとられ、真ん中の時間帯「サンダーバード26号、福井14:44」の連絡が入った。

乗車の1ケ月前になったので「JRみどりの窓口」へ行き、往復の切符、座席指定・特急券を購入した(16000円)。1週間前になり近づいたので、JR切符購入と指定席番号を付記して、畔柳君にメールで連絡した。

当日になり「きのさき12号」綾部11:55で出発、京都13:05着。北陸線ホームは「0番ホーム」で山陰線「31番ホーム」の続き京都駅改札口正面にあり、長いプラットホームを歩くが混雑する連絡橋を上り下りする必要がなく、急げば5分間の接続で間に合った様子だ。ホームのうどん屋に入り昼食を食べる。

1時間の待ち時間を改札口横のベンチで過ごし、到着した「サンダーバード23号」の座席指定に乗り込んだ。すると名前を確認する声がかかった。52年ぶりに出会う泉谷君だった。互いに風貌が変わり名前を聞いて見ると以前の面影が残っているが、すれ違っても判らない状態だ。畔柳君からのメール連絡で私の座席番号を知り、往復とも隣の座席指定を購入されたとのことであった。

懐かしくて芦原温泉に到着するまで時間のたつのを忘れて、卒業後のあれこれ、近況を話し合った。懐かしいJR北陸線沿いの風景、掘削中の北陸トンネル見学のことや、今庄でスイッチバックする蒸気機関車、武生菊人形の思い出、福井大地震後のダルマヤ玄関の大亀裂、崩れた福井城石垣堀側の下宿に入ったことなど・・話が尽きなかった。

福井市や芦原温泉は、綾部ロータリークラブ(既に退会)の会長やローターアクト委員長だった時、京都と福井は同地区なので、大会(宮崎ガバナー)や研修会に数回訪れている。福井大空襲と福井大地震の2度の災害から見事に立ち直った「フェニックス」をテーマに演出されていた。

芦原温泉駅に着き青雲閣のマイクロバスに迎えられ、そこで中山君と再会した。「湯快リゾート 癒しの宿・青雲閣までかなりの距離がある。部屋に入ると殆どの参加者が到着されていた。52年ぶりに出会う殆どの顔と名前が一致しない。私も痩せていたのに変わったと云われた。参加費を払い早寝のできる隣の5人部屋に移り、早速、浴衣に着替え大浴場で寛ぐ

芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
芦原温泉青雲閣にて (帰着翌日にメール添付で、泉谷君から写真を送っていただいた)
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
懇親会場に集まり着席。一同起立して同窓生の物故者(8名)と東日本大震災の死者の冥福を祈る黙祷を捧げる。
豊嶋先生を挟んで、左:中山君、右:土井君
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
座椅子に座った司会の幹事:畔柳君、鈴木君、西原君、泉谷君
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
乾杯 豊嶋先生、中山君
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
12名の懇親会
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
ご家族と出会いに宿泊されず帰られる池田君、固定君、土橋君、川内君
芦原温泉青雲閣にて
癒しの宿 青雲閣 春の献立 旅の思い出 桜膳 :料理長 笹川仁史
1.前 菜 葉山葵 分葱 柚子 ぜんまい白和 花弁百合根 越前蕎麦の実 柚子味噌 一寸豆蜜煮 チーズ玉子
1.造 里 鮮魚三種盛 桜花ゼリー寄せ
1.焚合せ 帆立真丈の羽二重蒸し 若竹添え 蕨 山葵 桜花餡
1.焼き物 鰆若草花焼き 筍木の芽味噌田楽 菜種 
芦原温泉青雲閣にて
1.合 肴 春野菜鍋仕立て 焼き霜鶏 春キャベツ 新ジャガ 小蕪 春菊 桜人参
芦原温泉青雲閣にて
1.強 肴 陶板焼 牛肉 新玉葱 二色パブリカ 伏見唐辛子 二色タレ
芦原温泉青雲閣にて
1.蒸し物 大根餅 玉〆蒸し 湯葉吉野餡
1.食 事 福井県産コシヒカリ
1.留 椀 合せ味噌仕立て
1.香の物 三種盛り
1.水菓子 桜花ブラマンジェ クリスタルゼリー カスタードクリーム 苺 チャービル
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
席を離れ話が弾む
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
豊嶋先生と話し中の池田君
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
こちらの席の前で話を交わす畔柳君、写真を撮っていると池田君が乾杯をしてくれた
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
広間での懇親会が終わり、一部屋に集まり話の交換が続く
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
東日本大地震津波による福島第一原子力発電所の事故についても、技術屋集団なので
様々な意見が話し合われ面白く拝聴。

私からも原発の立地は全て臨海なので、原発を宇宙空間に浮かぶ人工衛星に見立て、海上からの補給船団(電源、給水、給油、汚染水タンク、浄化装置、耐被爆装置・・・を載せた巨大原子力船を用意し、完璧なドッキング・システムを各原発との間に構築すれば、世界中の原発事故に対応できるのではないか。
原子力エネルギーは使わないのが一番だが、どうしても必要なら原発が地域のお荷物になるのでなく、これらの補給船システムと合わせて、災害時のインフラ補給基地として地域救済に役立てれば素晴らしいのでないか、技術屋としてこの程度の施設を作れると思うと発言した


芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
豊嶋先生からは、私達の卒業後大きく発展、躍進した福井大学の最近の状況。全国トップの就職率、研究開発プロジェクト資金の獲得・・・などの情報を聞かせていただいた
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
いつまでも話が尽きないが就寝する。翌朝は大浴場に降りて行き朝風呂を楽しんだ
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
朝食はバイキング
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
朝食中の同窓生
芦原温泉青雲閣にて
太ると駄目なので朝食は少なめにパン食を食べる
出発まで十分時間があるので2階ロビーのインターネットに行き、自分のHP、ブログや
NHKなどのニュースを見る。ログイン投稿はしなかった
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
部屋に戻ると着替えて懇談中だった
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
まだ浴衣の人もいる
芦原温泉青雲閣にて
出発の用意をして荷物を持ちロビーに下りて、お土産に部屋に出ていた「羽二重餅」と「おしゃぶり種無し梅」を買った
芦原温泉青雲閣にてm34同窓会
ロビーで出発待機中の同窓生 
芦原電鉄芦原温泉駅にて
自家用車で参加した人は乗り合せで出発、泉谷君と中山君の3名と一緒に芦原温泉駅から芦原電鉄に乗り、
サイクリングなどで行った新田塚など経由して西福井・福井大学前まで行く。

テーマ : ブログ日記
ジャンル : ブログ

桜満開の嵯峨嵐山で綾部小学校6年5組同窓会に17名参加

東日本大震災の1ケ月目、4月11日に「ガンバレ日本・元気を出そう」の趣旨で、綾部小学校6年5組の同窓会が桜の咲き誇る京都嵯峨嵐山の渡月橋河畔にある「らんざん」で17名の参加で行われた

人で賑わう嵐山渡月橋
O君など4名でJRを利用、亀岡で特急を降り、乗り換えて嵯峨嵐山下車、花見客で賑わい観光客を乗せた人力車が行き交う道を15分ほど歩き、嵯峨渡月橋河畔の「らんざん」に着く

咲き誇るシダレ桜の下で記念撮影
「らんざん」の庭園 しだれ桜の下で記念写真 主催写真のU君 私以外の15名が並ぶ

懇親会風景
東日本大震災の被災者に弔意の黙祷のあと、日本料理「京雅」の献立を食べながら懇親会

カラオケ2次会
カラオケ「高尾」を借り切って2次会 オハコの熱演に沸く

薄手のカーディガンも着て「花ノ陽気」で参加したが、夜は「花冷え」、コートが必要で寒い思いをして帰宅した

テーマ : 最近のあれこれ
ジャンル : ブログ

H22綾部高等学校同窓会総会に出席

5月30日(日)綾部高等学校の総会がITビル多目的ホールで開催され出席した。南1支部から由良様、上田様に出席をしていただいた。他の方もお誘いしたが所用がお有りとのことで、綾部の文化財を守る会の四方續夫事務局長をお誘いした。以前にも出席したが退屈だったが私と一緒ならとのことであった。

高倉信正同窓会長あいさつ
高倉信正同窓会長あいさつ
上原直人副市長あいさつ
山崎善也綾部市長は東京綾部会総会出席用務のため上原直人副市長が代理であいさつ
下川綾高校長の話し
下川綾高校長の話し 綾部高校の状況、スポーツなどでの好成績について
総会議事進行
総会議事進行 事業・決算報告、次年度事業・予算計画、次年度役員選出
高倉信正会長に感謝状贈呈
退任される高倉信正会長に感謝状贈呈
四方八洲男新会長あいさつ
四方八洲男新会長の素晴らしい就任あいさつ
現綾中同窓会長を今年度で退任される由。(綾中65周年を新役員で行うよう先般の綾中本部役員会で了承すみ)
井関康宏京都府教育委員会理事の講演
井関康宏京都府教育委員会理事の講演「中高一貫教育の成果と課題について」
分かり易くスライドを使い説明された。大切な情報を素晴らしい講演で学べた。
スライドより
スライドより
12 綾部高校の目指すべきもの
○生徒減少への対応
○特色・地域の学校 ・公式戦に強い学校 ・数ではなく内容で勝負のできる学校
○連携・「綾部市で唯一の学校」のメリットを生かす ・中高連携、小高連携の充実

講演後、参加者から熱心な質疑応答、意見交換が行われ、予定時間をオーバーして閉会した
懇親会で乾杯
懇親会で乾杯

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ジャンル : ブログ

クラス会記事、あやべ市民新聞に投稿

先般行われた「綾部小学校6年5組クラス会」について、幹事の梅原正美君から「あやべ市民新聞」に投稿記事が掲載されたとの連絡が入ったので記載する。

綾小6年5組クラス会出席のみなさんへ
拝啓、木々の緑も鮮やかな季節になってきました。
その後はお変わりなく、益々ご健勝のことと拝察いたします。
 過日、クラス会の写真をお送りしたところ、多くの皆さんから、お礼の電話やメール、お手紙をいただき、有り難うございました。
 お便りの中には、だんだん先が短くなってきて、会える間になるべくたくさんの人に会っておきたいから、次に会える機会をつくってほしいと言うご意見もありました。
 クラス会の思いを駄文にして、あやべ市民新聞に写真を添えて投稿したところ、5月17日発行の「あやべ春秋」というコラムに掲載してくれました。新聞社に出席者とつる枝先生に送る部数を依頼したところ、拙宅あてに送ってきました。すでに読まれた方もあるかもしれませんが、参考までにお届けします。再度思い出に浸っていただけたら幸いです。
以上、ご迪絡まで。敬具
平成22年5月22日 梅原 正美

6-5綾小クラス会 あやべ市民新聞
2010年5月17日の あやべ市民新聞、投稿掲載ページ

 綾部小学校を昭和24年に卒業した6年5組のクラス会を4月26日、舞鶴在住の中西君の紹介で、東舞鶴駅前の料理店「まこと」で開いた。
 当日は、遠くは東京や千葉、神戸、藤井寺、西宮などから17人が顔をそろえた。当時、綾部小学校の6年は5クラスあって、5組は廊下の一番奥にあり、三方に窓があってとても明るい教室で、新学期には窓から満開の桜が見られた。
 京都師範学校(現京都教育大)を出られたばかりの朝子つる枝先生が、我々5組の担任となられた。
 先生は、すごく優しい声で生徒に話しかけられ、決して怒ることなく、生徒に自主性を持たせような授業を進められた。わんぱく盛りの我々もすっかり先生の虜になって先生の教に従い、休日には自転車を連ねて先生のご自宅まで押し掛けるほど。まるで姉のように先生を慕ったものだった。
 そのため、卒業して60余年がたってもクラスメートの結束は強く、男女ともに仲が良い。今回は残念ながら先生は都合でお越しにならなかったが、今もご健在で、福知山で地域のお世話をしておられるようだ。
 会場から携帯電話で先生のご自宅に電話して、参加者全員が電話機を順送りしながら、先生と話をすることができたのは何よりであった。
 一部の級友は用事があるので舞鶴から帰って行ったが、残った級友たちは古里・綾部に移動。級友の岡田君が経営しているカラオケスナック「ステージスター」で2次会を開き、夜遅くまで飲んで歌って、おしゃべりして、時間の過ぎるのも忘れるほど旧交を温め合った。
 戦後間もなく、満足な食べ物も着るものも心く、服の袖口は鼻を擦ってテカテカに光り、足元は藁草履か古タイヤで作った草履。放課後は家に帰るなり遊びに出かけ、神宮寺の波多野記念碑辺りで木に登って下のアベックを冷やかして怒られ、飛び降りて必死で逃げたことも懐かしい思い出である。
小学校の同級会は、肩肘張らずに「だれだれチャン」と呼び合える親近感。そしてお互
いが70歳を超え、利害関係も持っていないという気楽さがある。
 話は尽きなかったが、お店の閉店時間になり、別れを惜しみながら、またの再会を約して散会した。

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