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クラス会記事、あやべ市民新聞に投稿

先般行われた「綾部小学校6年5組クラス会」について、幹事の梅原正美君から「あやべ市民新聞」に投稿記事が掲載されたとの連絡が入ったので記載する。

綾小6年5組クラス会出席のみなさんへ
拝啓、木々の緑も鮮やかな季節になってきました。
その後はお変わりなく、益々ご健勝のことと拝察いたします。
 過日、クラス会の写真をお送りしたところ、多くの皆さんから、お礼の電話やメール、お手紙をいただき、有り難うございました。
 お便りの中には、だんだん先が短くなってきて、会える間になるべくたくさんの人に会っておきたいから、次に会える機会をつくってほしいと言うご意見もありました。
 クラス会の思いを駄文にして、あやべ市民新聞に写真を添えて投稿したところ、5月17日発行の「あやべ春秋」というコラムに掲載してくれました。新聞社に出席者とつる枝先生に送る部数を依頼したところ、拙宅あてに送ってきました。すでに読まれた方もあるかもしれませんが、参考までにお届けします。再度思い出に浸っていただけたら幸いです。
以上、ご迪絡まで。敬具
平成22年5月22日 梅原 正美

6-5綾小クラス会 あやべ市民新聞
2010年5月17日の あやべ市民新聞、投稿掲載ページ

 綾部小学校を昭和24年に卒業した6年5組のクラス会を4月26日、舞鶴在住の中西君の紹介で、東舞鶴駅前の料理店「まこと」で開いた。
 当日は、遠くは東京や千葉、神戸、藤井寺、西宮などから17人が顔をそろえた。当時、綾部小学校の6年は5クラスあって、5組は廊下の一番奥にあり、三方に窓があってとても明るい教室で、新学期には窓から満開の桜が見られた。
 京都師範学校(現京都教育大)を出られたばかりの朝子つる枝先生が、我々5組の担任となられた。
 先生は、すごく優しい声で生徒に話しかけられ、決して怒ることなく、生徒に自主性を持たせような授業を進められた。わんぱく盛りの我々もすっかり先生の虜になって先生の教に従い、休日には自転車を連ねて先生のご自宅まで押し掛けるほど。まるで姉のように先生を慕ったものだった。
 そのため、卒業して60余年がたってもクラスメートの結束は強く、男女ともに仲が良い。今回は残念ながら先生は都合でお越しにならなかったが、今もご健在で、福知山で地域のお世話をしておられるようだ。
 会場から携帯電話で先生のご自宅に電話して、参加者全員が電話機を順送りしながら、先生と話をすることができたのは何よりであった。
 一部の級友は用事があるので舞鶴から帰って行ったが、残った級友たちは古里・綾部に移動。級友の岡田君が経営しているカラオケスナック「ステージスター」で2次会を開き、夜遅くまで飲んで歌って、おしゃべりして、時間の過ぎるのも忘れるほど旧交を温め合った。
 戦後間もなく、満足な食べ物も着るものも心く、服の袖口は鼻を擦ってテカテカに光り、足元は藁草履か古タイヤで作った草履。放課後は家に帰るなり遊びに出かけ、神宮寺の波多野記念碑辺りで木に登って下のアベックを冷やかして怒られ、飛び降りて必死で逃げたことも懐かしい思い出である。
小学校の同級会は、肩肘張らずに「だれだれチャン」と呼び合える親近感。そしてお互
いが70歳を超え、利害関係も持っていないという気楽さがある。
 話は尽きなかったが、お店の閉店時間になり、別れを惜しみながら、またの再会を約して散会した。

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